2012年12月11日

別府の温泉旅館の体験(12月1日ー2日)


 本にきて、もうすぐ2年間経たんだけど、はじめて日本の温泉旅館の体験でした。

 今留学し、生活しているこの町ーー別府には、温泉が各地で湧出し、且つ別府温泉として全国的にしられる国際観光温泉文化都市です。湧出する湯量の日量137000キロリットルで日本一といわれています。源泉数も2800ヶ所以上で、各データによると、観光都市別府は泉都と呼ばれていることも理解できると思います。

 今回の大分県魅力体感ツアーで、もっと深くこの泉都ーー別府のことを知りました。

 周知のとおり、温泉といえば、入るのは一番気持ちいいと思います。この暖かさで、一日の疲労を取り除き、体を暖めて、夜でぐっすりと寝込むことができます。しかし、それだけではなく、いろいろな泉質によって、病気を改善することもできます。
 たとえば、硫黄泉は療養泉に分類されている泉質で、卵が腐った臭みがあるけど、慢性皮膚病の改善に大変効くといわれています。そのうえ、高血圧病、慢性婦人病、切り傷にも顕著な効果があるそうです。別府にある明礬温泉はこの泉質です。

 私たち泊まったホテルは別府温泉という範囲内、泉質は塩化物泉です。もちろん、我々学者、特にこの泉都に住んでいる学者にとっては、温泉に入る前にこの地域の歴史を了解しないといけないでしょう。
 別府温泉は別府駅周辺の別府を代表する温泉街です。単純泉、食塩泉など多様な泉質のゆえ、この温泉街は別府八湯の中で最も歓楽的なところを評判されています。昔の別府の玄関口旧別府港の近くの地理で、ここには温泉だけではなく、漁師のためさまざまなスナックも立たれていました。温泉に入ったり、お酒飲んだり、どのくらい楽しみができるのでしょうか。

温泉の体験のあと、美食を欠かせないではないでしょうか。今回は、豪華な会席料理を用意していただきました。おつくり、焼き牛、煮もの、フグのたたき、すべて日本の本場料理でした。とくにフグのたたき、一番気に入った。大分県産カボスをかけて、いいにおいで食欲がぐっと出てきました。

 食後の交流会も大変関心をうけました。各国から集まってきた学生たち、異文化、生活習慣の違いからできた障壁を越え、共に一つの話題をめぐって提案したり、発表したり、大分県の観光業にいろんなアイディアを提出しました。私はそのようなグローバルなコミュニケーションにすごくおどろきを受けました。将来、インターナショナルの舞台において活躍できる人材になることをもっと決心しました。



2012年10月27日

生存的勇气

漫无目的地翻阅着微博,看着以前拍的照片,不由地就燃起思乡之情;
已经无数次问过自己,家里那么温暖,那么无忧无虑,那么试试顺利,为什么还要远渡海外经受这本不该经受的`苦难`呢?与其说不该不如说不愿意,眼前的温暖往往会蒙蔽双眼,看不清这真实的社会,或许就是为了体验这真实的社会才特意跨越几千公里来到一个没有巨伞保护的地方,找寻一样东西;这样东西没有实质性的形状存在,但是就是觉得是一样不可或缺的东西。
此刻的我,觉得它是生存的勇气,很可笑,在这个70多亿人存在的空间里,必须具备无比强大的勇气才得意生存,这里太残酷,太无情,太现实,其实都已经不知道现实原来是这样一样东西,但是不知不觉就把这样一种感觉归类给了现实;不禁感慨,这70多亿人都是好样的,无论你混的多失败,你能够坚持活在这个世界上,就是好样的。

2012年10月9日

当满脑子都是一个人的时候...

当满脑子都是一个人的时候,你就会失去以往正常运作的一切流程,眼前只会枯燥得出现同一副画面,像中了病毒一样无法自拔。
发疯了一样,有时候会不自觉得笑出来,在别人看来似乎是极其诧异,摸不着头脑理解不了到底有何事值得如此花痴的笑。只有自己心里明白不是吗?放映到那些温暖的画面,不自觉得就会....
当满脑子都是一个人的时候,一到寂静的时候就会怕得不得了,习惯了几个小时前不停的幸福,一下发觉自己得独自迎接黑夜,那种可怕只能蜷缩在床上揉紧被子,再紧也得不到放逝...
当满脑子都是一个人的时候,自己一下子就变得不像自己,仇恨一切似乎能给他幸福的人,认为自己才是唯一那个给得了他欢乐的人,偏激的情绪占据整个理性大脑,再白皙的皮肤也变得粗糙不堪,拼命得补充维生素C也得不到缓解...
当满脑子都是一个人的时候,能够完全颠覆日心说,自己整个小世界的重心变成了这个占据我满脑子的人,恨透了这种感觉,发现自己是多么没用,任何的情感波折都似乎离不开他...
如果没遇到你,我就无法体验得到现在的幸福;如果没遇到你,我也不会变得如此疯狂...

2012年10月1日

森に住んでいる神仏

 めて「神道」ということを知ったのは何年前の時日本のあるアニメを見て、白い服を着てる人が呪文を読んで、お祓いを振りながら、鬼を除ける姿はすごく関心しました。西洋のマジックと一緒、すごい力を持っているみたい、どんなに怖い鬼ても、簡単に除けることができる。あの時は、神道は中国にある「仏」みたい、人々にぬかずかれて、心の中に一つだけの神明だと思っていた。
しかし、日本に来て、もっと詳しく日本の文化を了解するとともに、日本人の信仰は神様だけではなく、仏様の誠に信じています。

 去年の学校が行ったバス旅行で、全国4万4千社ある八幡宮の総本社である宇佐神宮に行きました。
<宇佐神宮>

 今日は臼杵に行って、800年間を通り抜けて、平安時代で彫られた石仏を見ました。山並みに茂っている木々に囲まれ、仏様はやはりこんな静かな所しか住めませんか。
石仏の前の香炉にお線香が多く立てられている。これらは必ず人々の真心がこもっているお祈りなんだと思っています。みんなわざわざ、町からここに来て、絶対に誠に仏様にお守りを願いに来ました。
<阿弥陀三尊像>



 しかし、逆に騒がしい町の中に誰が守ってくれますか。




向こうの畑を見て、雨をかけるともっと緑になりました。見ながら、どうにかほっと胸をなで下ろしてきた。恵まれた天然な水分、仏様の守りを結んで、この土地で美味しい米がうまれました。私たちは白飯を食べるときは幸せを感じできる。大昔、この畑の辺りの村こそ賑やかだったんですよ。何百年の変化のおかげて、人類の中心は都市に移しても、この「幸せ」の源は変わってないです。


2012年8月30日

目で世界を見る

いつからの、もうはっきり覚えてない、いつから目の描きを好きになった。なんとなく目のカタチの魅力が胸に溢れてきた。
スケッチブックに目を何個描いて、たった、一番簡単な書き方でできた目が一番気にいる。睫毛が線と小ちゃいマルと組み合わせ、線2条でできた上まぶたにつながり、目玉を書き込んで、さあ、僕大好きな目が出来上がり。
この源から、いろいろな飾りをつけていろいろな異なる目も出てくる。

周りに大量のインフォメーションがあり、単に目で見るとは全体的な情報を得ることはかなり難しい。ある時、目で見たものが真実であるかどうかもわからないんじゃない?だから、まわりのフレッシュやつを発見するのは目だけではなく、ほとんど事態では心で見なければいけない。

2012年7月28日

生きている



あなたが
当たり前だと思っていること、
当たり前に持っているもの
それを手に入れられない人たちがいます。
その人たちにとって 
あなたの当たり前の生活はとても幸せな日々に見える。

あなたが生まれて、この世に存在すること
それだけで 
可能性や未来は どこまでも広がっている。

だからころ
もっと欲張っていい。もっとやりたいことをやればいい。

もしあなたにいま
生きているという実感がないなら
それは、生きているとは言えない。

当たり前がどんなに幸せなことなのか
どうか気付いてください。

そしていつまでも
未来を見て、歩いてください。
<息もできない夏


2012年7月21日

緑の興奮 12-7-21


 っと大都市に住んで、だんだん大自然のにおいを忘れてきている。周りに車の排気ガスばかり、空にもどんどん青色を見えなくなった。「どこに行ったほうがいいの」って昼食後よく考えても「やっぱり喫茶店だけだ」、音楽流れながら本を読んだり、外の匂いを分かれられるのはコーヒーしかないかもしれない。
 ここの空は青い、空気もフレッシュ、緑ばかり、草の匂い、初めてこんなところに来た。さー何千年前の人々は必ずこんな環境に住んでいたの、いや、もっと原始的な感じ。雨を降っているときも傘抜きて、そのまま大自然からのプレゼントを受けたい、草に囲まれて、毎日パソコンを使っている人にとって本当に伸びやかになれると思う。
タデ原湿原

向こうの山が生きている、呼吸の声も聞こえるみたい、日本の神話によると、山の中に神様が住んでいます、永遠に山を守っていて、小ちゃい命が集まって、この辺りは生き生きしてきて、これは繁栄の始まりだろう。
タデ原湿原

タデ原湿原

初めてブルーベリーを摘んでそのまま口に入れる。農薬をつけてないと言っても、ちょっと遠慮しちゃった。いつもブルーベリージャムを食べているけど、本物と味やはり違う、想像よりそんな甘くない。でも、自分の手でブルーベリーを摘んで、こんな体験もいままでやったこと一度もなかった。甘くなくても、甘くなっただろう。
やまなみ牧場

やまなみ牧場|ブルーベリー

やまなみ牧場

大自然と人間の接合といえば、ニューヨークのマンハッタンと思い浮かべた。Central Parkの周りに現代ビルに囲まれ、公園内元のカタチそのままで牧場もある、湖もある、もちろん牛とか羊とか、世界中大都市内一番奇麗な公園じゃないだろうか。完璧に自然と都市の合わせ、21世紀のプレッシャーの間に140年前の緑でゆっくり休もう。

2012年6月17日

POP ART




  
一、波普艺术与现代插画概述

  1.波普艺术

  “波普”源于英语的“Popular”,有大众化、通俗、流行之意。波普艺术一词最早出现于1952~1955年间,萌发于英国,50年代中期鼎盛于美国,50年代中期以后的十年中,在美国和英国发展出一个新的艺术流派,称为“波普艺术”。

  波普艺术的出现与其社会背景密不可分。由于一战的爆发,其造成的经济损失和百姓流离失所的现象非常严重,使得设计师在设计上更注重经济、实惠。此时人们需要的是功能良好、价格低廉的和外形简单的设计。然而,随着战后各国社会经济的恢复与发展,人们对这种严肃、规范的现代主义形式感到不满。导致在20世纪的下半叶,信息时代迅猛发展、消费至上的观念深入人心,流行艺术广受吹捧,传统美学逐渐衰微而大众文化广泛传播,波普艺术就是在这样一个基础上发展起来的。

  汉密尔顿1956年的题为“是什么使今日的家庭如此不同,如此具有魅力”的绘画,被视为第一件具有波普艺术特征的作品。画面是一个现代公寓:一个肌肉发达、做着健美动作的男人握着有“POP”字样的网球拍,旁边有一个裸女及大量的消费品,如电视、录音机、杂志封面、福特徽章和吸尘器广告等。这幅作品在当时引起了很大的反响,它把美国可消费文化的内涵表现的淋漓尽致。

  2.现代插画

  在辞典上对现代插画的的解释有三种:插画、图解;例证、实例:举例说明。看似简单的插画实则有着悠久的历史和丰富的内涵。插画的雏形出现在世界最古老的插画洞窟壁画,并延续到日本江户时代的民间版画浮世绘,这演示着插画的发展历程。插画最初是从十九世纪初开始,随着图书和报刊的变迁而发展起来,而本世纪五六十年代的美国才是它真正的黄金时代。当时从事插图的作者大多是职业画家,因为刚从美术作品中分离出来,其插图带有明显的绘画色彩,之后因为受抽象主义画派的影响,画风开始从具象变为抽象,这种状况一直维持到70年代,插画才重新回到写实风格。

  现代插画与传统插画有一定的区别。传统插画一般都具有较强的依附性,不单独承担表达主题的功能和意义,但其中一些往往由于绘制精美而被认为具有独立的艺术审美价值。现代插画是具有明确目的性、功能性和商业性的绘画,由于媒体、内容、表现手法、诉求对象的多样性,使它的审美标准也具有多样化、多元化的特征。

  二、二者的异同

  以上分析了波普艺术以及现代插画的起源和特点,可以看出两者之间存在的异同。

  两者的不同点:首先,波普艺术是一类艺术形式,波普艺术可以借助现代插画这一载体来表现,可是现代插画不是波普风格的唯一诠释手段。其次,插画的风格有很多种,波普艺术只是其中的一种风格,并不代表全部。第三.波普艺术的本质是一种艺术,而现代插画具有一定商业性。

  两者的相同点:首先,现代插画的创作目的是将某些信息简洁、明确地传递给观众,并企图引起他们的兴趣;而波普艺术是来源于美国的大众文化并适合于大众雅俗共赏的艺术。两者的对象相同。其次,在题材上,波普艺术强调“生活就是艺术”,主张将最常见、最流行、最熟为人知的物品搬进画面;现代插画的形式虽然多种多样,但其灵感同样源于生活,两者都带有很强的主观表现成分。第三,指向性,波普艺术和现代插画都是为表达某种精神或意境而创作的,两者同样具有代表性和针对性。

  三、波普艺术风格在现代插画中的应用

  波普艺术的本质是对单调、死板的现代主义的反叛,其采用的手法则是为了调侃流行文化的复杂和多重性,但这种观念和手法对现代插画来说也有其可借鉴性。

  l_表现手法

  显而易见,挪用、复制、拼贴等手法的使用,大大提高了现代插画的表现力。杜尚关于“现成品”的艺术最早提出了“挪用”这一概念,他提倡把现实生活当成艺术品般来看待,即直接把出现在我们生活中的物品、形象拿来利用,这也使得插画可以拥有除了绘画外的其他表现方式,其创作手法从基本上得到了改变。“复制”,是指以一种机械化的方式对大众非常熟悉的图形、图像进行重复,将其再现。在此,沃霍尔是最为代表性的,他索性直接将艺术创作中的绘画性抹去,通过对现今各种流行文化符号的复制,使其形象在不断的重复中再形象化,他的代表作《25个玛丽莲·梦露》即采用了这种方式。

  2.构图

  插画的构图好比房子的根基,只有根基打好了,房子才会坚固结实,好的构图意味着好的开始。诸多插画名家中,或许某些技法未必是最好的,但其画面整体把握力极强,构图之重要性可见一斑。现代插画借鉴波普艺术的平面化的构图,因为平面化构图给人一种稳重、一目了然的视觉效果。罗伊直接运用红、黄、蓝色,完全平面的构图,平凡而又显得夸张的人物,将美国20世纪60年代波普艺术的原形完全再现,这种对原色调大胆的运用和对事物的直白表达的风格,为他的连环画系列带来了意想不到的影响和感染力。

  3.色彩

  当我们面对一幅艺术作品时,它的色彩往往在第一时间吸引我们的注意力,因为我们的视觉系统非常敏感,能快速的引导我们由视觉到知觉心理的变化。据了解,美国有一家色彩研究机构作过一个有关色彩的调研,结果表明,当人们在面对五颜六色的商品时,仅仅需要7秒就可以确定自己是购买还是放弃。可见色彩的影响力是多么大,它给人的触动又是多么的强烈。

  高饱和度、明快的颜色、强烈的对比是波普艺术的色彩特征,其中高纯度、或补色色系也经常被使用,这是对我们所处的消费时代的一个积极、乐观的态度的回应和体现。现代插画从波普艺术的这种色彩表现力中得到借鉴,以色彩为符号从而展现其独特的内在,这使得它可以更直观的帮助读者准确理解创作者的想法,并且让画面效果更加绚烂多彩。

  四、总结

  如今插画艺术已经开始迈入商业化时代,其概念也早已超出了传统限定的范畴。当今插画界画家们常不拘泥于一种风格,并打破以往单一使用一种材料的方式,为达到预期所要表达的效果,他们可能绞尽脑汁、运用多种手段,其意义与“pop”不谋而合,因此,在波普风格中吸取精华,把元素提取出来应用到插画创作与设计中,定能创造出更有活力、更吸引人的插画作品。
                    

2012年6月16日

童年 颜色


随着年龄的攀升,人开始渐渐忘却童年时候的奇幻色彩,步入黑白世界,‘灰色’成了黑白以外的唯一一种‘彩色’

2012年5月7日

Arting365


经常在「Arting 365」里学习,看看各种设计作品;平面设计类,电脑媒体设计类,插画,LOGO设计,摄影,还可以看看最近有什么流行服装的发表,确实是一个应有尽有的艺术设计参考网站。
已经忘记从什么时候挖出这个‘神一样’的网站的,只依稀记得逛着逛着,就给碰上了。
设计这条路固然难走,但是伴随着艰难,还有各种其他行业无法享受得到的快乐和精彩,这是属于艺术的兴奋感,是感性那一端最极致的快感。
不知道以后到底会从事怎么样的行业,但是可以肯定的是,在未来的日子里,「艺术设计」定将与我如影相伴。

2012年4月20日

小记


记本里的Number像是形同虚设了一样,没有先前的那样记的勤快,5日的支出一点都没有整理清楚,是懒得记一笔了,还是由于还没有收入这一项,所以就没兴趣增加这方面的工作了?我觉得是前者占了大部分;可能1个月的国内度假,充分地点燃了沉睡在心底的那股惰性,像初春前干瘪的草原,一点就燃,一燃千里。

今天一大早,屋内的一系列工作完毕之后,开始寻求经济来源;要知道,在坡上骑车可是很累人的事情,今天就尝试了一番,从上坡盘旋着滑到下坡,再从下坡吃力地爬到上坡,就这样一层一层地寻找可以赚钱的地方;原本阳光明媚的天气,不知是经历了几次失败以后就开始沉沦消沉了还是什么,开始晴转阴,还过分地下起雨来,只得午餐时间之余,购完所需要的食材狼狈地赶回家;突然又念想起上海的日子,第一次感受到了交通是那么的便利,taxi好像也不是那么昂贵,想拉便拉,没了公交没了taxi,私家车又派上了珍贵的作用。好像一切在那里都是如此地顺利,不管到哪里去都是那么简单的一件事,所需要的只是时间;尽管这里比不上上海这样的国际大都市那样繁荣,但是很神奇地就是,这里的节奏也没有人们想象中的那么缓慢,似乎一天24小时是那么不经用的东西。更不用说这里昂贵的生活代价,实在不是想象中的那么理想,所以不谋求一份稳定的工作,似乎这样的社会环境下,很快就会被压力打跨;

可似乎一切都回到了重新起步的地方,而这个重新起步的地方又不知何时变得那么困难,好像一年是适应期都没有使得消除这样的副作用,唯一的方法似乎就是适应、适应、再适应;

新的起点


已是我离开上海的第二天,小地方没有大都市里来得更有冬天的味道,仿佛天气回归了正规,开始步入初春之节,暖洋洋的,只要一件开衫配衬衫即可;

在这样的天气的小地方,或许羽绒服是最没有市场的,幸亏当初没有把厚实肥大的羽绒服强行挤压进已接近零空间的行李箱中,也让它免去了几小时的伸不开双腿的惩罚;这让我想到了我之前住的廉租房,尽管便宜,但是狭小的房间,似乎紧紧囚禁住了四肢,得不到伸展甚至达到严重到影响呼吸的境界,所以现在全新的‘半海景房’让我很是满意,尽管到目前为止,还有一大部分的硬件设施的缺失,但相信在以后的日子里,会慢慢让这个能够称之为‘家’的小窝富足起来。

早晨指针刚过7点就已经朦朦胧胧的睁开眼睛,不知是在这个陌生的地方没有习惯,亦或是在这个未知的地方充满的好奇,想抓紧每时每刻来了解它、挖掘它;想当初刚来日本的时候,也是在一年前了,似乎一下子摒弃了自己赖床的坏习惯,倏的爬起床,就跑到屋子外面去东鼽鼽西看看了,矮矮的围墙、破旧却能在地震中昂首挺胸的木质房屋、要到还未开张的超市、也已早起老板已经在整理的私人蔬菜店,好像这一切的一切都充满了许多值得思考和凝视的地方。回想起这些,好像就发生在前不久一样,又要感叹一句,时间真的走的很快。

现在,也不用竭力的去探索那些四通八达的小路来找个能够出售小杂物的店,好像脑子里内置了GPRS卫星导航,收录了这个小镇所有的大路小路,根本不用动一点脑筋就知道该在那个路口左转或者右拐,轻而易举地就到达了目的地,购得一大包战利品,凯旋而归。